ゲームとかの話

ゲームを中心としたヨタ話

「せっけんの泡」は、宗教的な「聖なる存在」なんじゃないだろうか

現代人にとって、石鹸の泡って、かなり「聖なる存在」だと思うんですよね。

 

飛んでるコバエを平手で潰したとします。

ティッシュでふき取る。おしぼりで手をふく。

 

それでも、なんとなく、その手の中には「穢れ」が残っている感じがする。

 

 

 

でも、石鹸の泡で手を洗うと、その穢れが洗い流された気持ちになる。

 

 

 

おそらく、おしぼりでごしごし手をふいた時点で、潰したコバエの体液的なものはふき取られていると思うんですよ。

 

でも、なんとなく「きたない」感じが残る。

 

でも、トイレで石鹸で手を洗うと、その「きたない」感じが洗い流された気がするんですね。

 

ウンコした後で、入念に水洗いで手を洗ったとしましょう。

衛生的にはおそらく問題がない。

 

でも、石鹸で手を洗わなければ、なんとなく「きたない」感じが手の中に残る。

 

おそらく、これが「穢れ」という概念だと思うのです。

 

それが、石鹸の泡によって洗い流される。

 

 

科学的な衛生観念によって教育されてきた啓蒙の結果なのですが、その洗脳下で育った我々にとっては、それはある種の宗教的観念をもたらしている。

 

そんな気がしてならない今日この頃です。

 

 

 

 

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