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ゲームとかの話

ゲームを中心としたヨタ話

LINEのCSR

LINEはもはや日本における社会的インフラである。

インフラになっているのであるから、辺縁業界のヤツらは政治に働きかけて、その責任に見合うだけの規制の網をかける努力をすべきだし、その議論の中でLINEはCSRやガバナンスの話をきっちりしていくべきであろう。

曲がりなりにも、民主的な意思決定装置として、政府や国会がその権能を発揮すべき時があるとするならば、今であろう。

ケータイの電話帳をブッコ抜く、というLINEの原点たる着想は、日本におけるスカイプ的なチャットツールデファクトスタンダードたる地位を与えるにしては、あまりに微妙なイノベーションである。

倫理的(個人情報の尊重、的な社会性)に悖るスタート地点に基づいた、この独占的インフラがもたらす莫大な収益を独占しているこの状況を許して良いほどの革新性だったとは断じて言えまい。

私は、アイディアによるイノベーションを否定する立場には断じてないが、LINEが今勝ち取った地位は、天才的発想によるものではなく、社会的道義性への抜け駆けによってもたらされたものであるということを、もう一度確認しておく必要がある。


同じことは、ドコモもAUも思いついたはずなのだ。ましてや、孫正義が気付いてなかったはずがないのだ。しかし、既存3キャリアはあえてそれをやらなかった。なぜか。道義に悖るからだ。
既存大手の、その手の経営判断の愚鈍さも今となっては非難の対象たり得ようが、しかし、既存の秩序観を無視したからこそ与えられるこの種の特権的地位が、公正であったといえるかどうかについては、大いに議論の余地があるとみなしてよかろう。

つまり、何が言いたいかというと、LINE死ね!