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ゲームとかの話

ゲームを中心としたヨタ話

JRPG界のそびえ立つクソ「スフィア盤」システム

ゲームデザイン研究 ゲームについて思うこと

日本人……というかJRPGの文化では、
・ルールが理解できる
・難易度曲線が適切で、ゲームとして成立している
というあたりが押さえられていればいい、という風潮がありますが、洋ゲーというか良くできているゲームでは、
・システムに設定的な説得力・リアリティーがある
ということに対して真摯な姿勢が感じられなければダメだ、みたいな風潮があるのだと思っています。


たとえば。

「炎の嵐」という魔法が使えるようになるためには、
・炎を発生させる
・嵐を発生させる
という2つの前提技能が必要である、というスキル習得システムには、説得力があると思います。
こういう考え方ができれば、
「炎魔法使い」と「嵐魔法使い」の2人が協力して、「連携技:炎の嵐」を使うことが可能……みたいなシステムに演繹できます
(実際には「連携技」みたいなシステムは、制作すべき演出点数が膨大な数に発散してしまうので、普通、採用しませんが)。

現実(や完成された「世界」)の法則をどう切り取ってシステム化するか、というのがゲームです。
映像作品や絵画が視覚、音楽が聴覚の切り取りであるように、ゲームは「論理性」「因果関係」「法則」の切り取りであるべきなのです。


まぁ、すべてのゲームがそうでなければならない、という訳ではないですが、少なくとも「世界没入型」のゲームでは失ってほしくない視点だと思います。

なんだよスフィア盤って。それはどこにあるものなの。どういうカラクリなの。手に入れたアイテムを適用するということは物理的な存在なのか。スキルを習得するということは心理的、もしくは魔法的な存在なのか。なんなの。習得できるスキルのつながりの関連性はなんなの。なぜHP上昇の次が剣技スキルなの。因果関係は何。どういう設定なの。

世界観没入性とか、完全無視じゃねーかよ。ホント、そびえ立つクソじゃねーかよ。JRPGの癌と言って良い。

JRPGっていうのは、既に「クソゲー」と同義な響きを持ち始めていますが、それは、RPGで最も大切な、世界観没入性に対して、あまりにも配慮を欠いているからなのでありましょう。