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ゲームとかの話

ゲームを中心としたヨタ話

二手指し将棋、なんだか超面白そう

二手指し将棋という変則将棋があるようなんですが。

 

なんだか超面白そう。

比較的スピーディに決着がつきそうですし、スマホゲーにどうですか。

 

①「即死」の概念がある

打ち駒からのムーブが可能なので、即死になる状況が発生します。

相手の持ち駒に歩が1枚でもある状態で王の前を開けておくと、即死。

※実際には二歩に縛られる

金銀取られたら王の前3マスを埋めておかないといけません。

また、飛車角筋を開けておいても即死。桂馬筋も即死。

 

相手の手駒にある駒を見て、守らなければならないポイントが一気に増えるので防御が非常に難しくなります。

 

②大駒によるHIT&AWAYがある

HIT&AWAYが可能なことにより、相手に手駒を取らせないということがとても難しくなります。

 

→ ①②から、じりじりと態勢を作りながら、一撃必殺のチャンスを狙う、という、居合の真剣勝負とか大富豪に近い勝負感になりそうです。

 

③歩の間合いが間2マスに

初期配置から、1回の手番で2ラインを牽制可能になります。

歩を失うと、一撃必殺の危険性が増す代わりに、二歩に縛られずに一撃必殺を狙えるラインを作ることもできます。

初手から緊張感あふれる展開が作れる形になるわけで、サクッと回数をこなせる、今のスマホ時代にFitしたプレイ感を生み出せるんじゃないでしょうか。

 

 

元の将棋へのリスペクトから、王手打ち即死を禁止したりする調整が提案されていたりもしますが、下手なことしないほうが面白そう。

 

調整するなら、2手指しカードをそれぞれ1枚もしくは3枚持っていて、使用したターンだけ二手指しができる、とかの方が良さそう。

 

 

 

 

と、別段テストプレイすらしてない思い付きですが、

そう言えば、最近更新してなかったなー、ということで。

 

 

 

 

つめつめロード:感想

ふと気になって落としてみた、「つめつめロード」についてちょっと感想を。

 

スタミナもデッキコストも廃止。それどころか、プレイヤーレベルすら廃止!

先日、スタミナとデッキコストの話をプレイヤーレベルと絡めて書いたばかりですが。
スタミナ制限までないものだから、だらだらといつまでも続いてしまうわけで。

 

スタミナの代わりに「パトロール」

いわゆる、艦これで言うところの「遠征」ですね。●分放置しておいたらアイテムを拾ってくるよ、という。
「スタミナ溢れもったいない」に替わる、ログイン誘発要素としての導入であります。

 

全体設計は「パズドラ」型 ていうか黒猫のトレース

モンストが、パズドラのパクリをベースに少しずつ回収を重ねてUIを改善したのに対して、つめつめロードはレガシーなつくりになっています。地味に通信多いし。
これは、直接的なパクリ元であるところの「黒猫」の影響でしょうね。悪いところまで真似しなくてもいいのに。
一応、言っておきますが、黒猫のUIはクソだからな?

 

演出が冗長

ボス倒したときに、長めの演出で消すのはいいけど、せめてスキップさせてもらえなかったでしょうか。

 

「詰め将棋」は面白いんだが

詰め将棋なんて今まで趣味にしたことなかったんですが、いざやってみると意外と中毒性がありますね。
だけど、スマホゲーのインゲームとしては相性がイマイチですね。
一手詰めの問題で、「正解」が決まってしまっているので、「大成功」的な技術介入要素が薄いんですよ。これは黒猫の「クイズ」も同じですけど。
「クイズ」は知識の問題なので、即答と言う形での「所要時間」にその介入性を認めることもできるんですが、長考したい詰め将棋だと、そこの相性も良くないような……。
いやまぁ、座組みの時点でしょうがなかったんだろうけど。。
せっかく将棋連盟が付いてるんだから、「スーパー大正解」が存在するような詰め将棋問題を作れなかったモンだろうか、的なことも思ったわけで。パズドラ的に「パズル力」が試されるようなお題とか。黒猫ですら、ジャンル選択で属性選択という介入性がありましたしね。
で、調べてみたら、詰め将棋と言うのは「そういうもの」なんですね。詰め将棋の問題として成立する条件が結構厳格に決まっている。3手詰めで、1手目別に王手じゃなくてもいいじゃんとか、敵サイドの「持ち駒:残り全部」とか「何それズルい」って思ったけど、これもそういうモノということで。
本筋のゲームを損なうからそこは変えても良いじゃんという気もしますが、将棋連盟をバックにつけるなら、まぁ変えちゃダメなんでしょうねえ。

 

ガチャがめんどくさい

たぶん、ガチャのシステムを組むのがめんどくさかったからなんでしょうが、ガチャがクエストになってます。課金トークンを支払ってのクエスト。これが地味にめんどくさい。
10連ガチャを回すときって、頑張って貯めた課金トークンを「よっしゃ使うぜ!」ってモードで散財する、いわば「ハレ」の瞬間じゃないっすか。そこをクエストにしてどうすんの。10連ガチャのUIくらい専用で作りましょうよ、先生……。

 

排出率はエグめ

最高レアリティの排出が3%
単価が安いからね。しょうがないね。
つまりどういうことかって言うと、課金トークンの無料取得ぶんの価値が実質目減りしている訳です。けど、無課金ユーザー(というかモンスト勢)的には、石5個の価値は感覚的には変わらない訳ですよ。これ、結構上手い調整の仕方なのかもしれません。

 

全体的に炎上回避の意図が透けて見えるデザイン

将棋連盟みたいな、半ば公の団体が付いちゃったものだから、ガチャにまつわるエゲツない集金批判を浴びるようなことには絶対にしてはならない訳で、石単価を下げ、さらに大量消費しないようにクエストにしたのかもしれません。でも収益性は何とか担保したいから、最レアユニットの排出率は絞った、的な。
まぁ、それでもサイゲのガチャに比べればぜんぜん良心的な確率だとは思いますけどね。

 

デザインとして、それなりに実験的に見えるけど……

ここ半年くらい、新しいスマホゲーに手を出してなかったので、スタミナもデッキコストもプレイヤーレベルもない、みたいな調整のこのタイトルが今後どういう推移をたどるのか、それなりに興味があるんですが、既に飽和しきったこの市場において、PLAYストアなどから、この小粒なタイトルの推移を監視するのは至難の業になりそう。そして、売り上げポテンシャルがそもそも高くないので業界的な話題にもならなさそう。



あれ、結構好意的に遊んでるんだけれども、感想を並べるとDisってるようにしか見えない。おかしいな……。
ホーリーダンジョンで懲りたはずなんだけどな……。

 

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【モンスト】 幽☆遊☆白書コラボ総括 【単信】

 

いやぁ、終わっちゃいますねえ、幽★遊★白書コラボ。

 

鴉と陣は運極にしました。
とぐろは諦めたっス!

10連は1回しか回せなかったけど、蔵馬引いたからヨシとしましょう。

で、残りスタミナを普通に未消化イベクエの回収に割り当ててたんですが。
ここで気付いた訳ですよ。蔵馬スライド用の神化素材を大量に確保しておくべき、と。

これまで、神化ってテンポラリーの一時的な目標だとしか考えてなかったんですが、神化時のラック引き算システム対応によって、神化素材がほぼ無制限に貯蓄できるようになったんですよね。獣神竜対策のアップデートだと思い込んじゃってたところがありましたが、こういう使い道もあるんですねぇ。
エヴァコラボのシンジくん用の素材も貯蓄しときたかった……。
(水AGB要員として、未だにシンジくんは水属性のままですが何か)

 

鴉が全然たりねぇ!

 

幽★遊★白書 1 (ジャンプコミックスDIGITAL)

 

スマホゲーにおける「プレイヤーレベル」と「スタミナ」「デッキコスト」


まえがき

多くのスマホゲーは、アカウントに紐づいた「プレイヤーレベル」と呼ぶべき指標を導入している。パズドラやモンストにおける「ランク」に該当する。
プレイヤーレベルという数値は、「どれだけそのゲームをプレイしているか」の目安、到達度指標として、おそらくもっとも機能していると考えられる。従って、ゲームデザイン上の機能、ゲームルールとしての利き方について検討し、その必要性を議論することに意味は薄いかもしれない。しかし、プレイヤーレベルに紐づいて変動するゲーム要素がある以上、関連するそれらゲーム機能について論じることにも意味はあろう。
むしろ、本稿では「プレイヤーレベル」という共通仕様を通して、その背景にあるいくつかのゲーム要素について論じることに主眼を置いている。

一般的なスマホゲーにおいて、プレイヤーレベルによって成長する要素には何があるだろうか。最大公約数的には、下記の要素が挙げられよう。
・スタミナ上限
・フレンド数上限
・デッキコスト最大値
また、プレイヤーレベルが上昇するタイミングで、スタミナが上限まで回復するという仕様もスタミナ仕様を持つタイトルにおいて非採用例を見出すのが難しいレベルで一般化していると言える。
しかし、「デッキコスト」と言う仕様は、モンストを境に消滅してしまったように見える。なぜ「スタミナ」が生き残り、「デッキコスト」は消滅してしまったのか。
本稿では、「スタミナ」「デッキコスト」という仕様について、その起源と流れを概観しながら、それぞれの存続性について検討したい。また、「デッキコスト」と言う要素を失った「プレイヤーレベル」の機能性について考察を試みるものである。


スタミナ仕様の機能

スタミナ仕様の萌芽

多くのスマホゲーは、ゲームプレイに際して「スタミナ」というリソースの消費を強いる。これは時間経過と共に回復するが、上限値が存在する数値でもある。
ゲームプレイに際して消費を強いられるスタミナの量は、概ねそのステージにおける褒賞の価値と連動している。より大きい褒賞を得るためには、より多くのスタミナを消費しなければならない。
「ブラウザ三国志」にその萌芽が見られる「スタミナ」仕様であるが(「艦これ」にもその名残が見受けられる)、現在の形で一般化したのはドラコレ以降であろう。
上限のあるスタミナというリソースを消費させることで、連続してプレイし続けることを不可能にし、それ以上の連続プレイに課金を求める、と言うデザインは、集金装置としてのソーシャルゲームを象徴した仕様だったと言える。
ドラコレの時代、ステージ攻略において「失敗」という概念は極めて希薄であった。ボタンをポチくり押して、3G回線を通してサーバに通信を投げることを通じて、スタミナを経験値やアイテム・キャラを交換することがゲームの基本構造だったからだ。
すると、スタミナが上限値まで回復している状態でプレイしないことは、プレイヤーにとって機会損失そのものということになる。これが、スタミナが溢れているもったいない状況を一刻も早く回避したいという動機として働き(「スタミナ溢れ」という言葉に象徴される)、タイトルの継続率に強く寄与した。
ガラケー時代のソシャゲとは、つまるところ「スタミナ溢れを回避するためのライフハック」が、ゲーム仕様によって惹起される、外郭的ミニマムゲームになっていたのである。


スタミナ仕様の変容

時は流れてケータイ市場はスマホの時代となり、ネイティブアプリが登場した。パズドラ革命である。パズドラはそのクローン系のゲームアプリを大量に生み出し、パズドラクローン型デザインのゲームは現在も市場において隆盛を誇っている。
パズドラは、つまるところドラコレに「パズル」と言うミニマムゲームを追加しただけのゲームである。当然、ドラコレのスタミナ仕様も(後述するがデッキコスト仕様も)そのまま継承された。
しかし、ミニマムゲームに「失敗」の概念が導入されると、プレイヤーのゲームプレイはスタミナの欠乏だけではなく、ステージの難易度によっても制限されるようになった。結果、高難度ステージに何度も挑戦し、クリアを目指すというレガシーなゲームプレイが、ケータイゲームでも実現されたのである。スタミナが「褒賞への引き換えリソース」から「ゲーム挑戦権」へと変質した瞬間である。スタミナの回復と失敗時のコンテニューへの課金によって、ゲームセンターにおけるそれと同じ環境を実現した。
この段階においては、プレイ頻度制限つきの無料プレイ+有料のゲーセン的プレイというフレームにおいて、スタミナへの課金を収益源として想定していたに違いない。性能付き絵柄データのガチャに収益を依存するのはリスクが過大であると判断するのは、当時としては妥当と言えよう。レガシーなゲームのあり方を念頭に置くならば、ゲーセン的収益構造の方が健全であるとの考えもあったのかもしれない。
しかし、期せずして始まった課金トークンの大量ばら撒きと、それを呼び水にしたガチャの大量配給は、その射倖性とあいまって、ガンホーに莫大な収益をもたらした。瞬く間に、時代が「ガチャで儲ける」時代に変わってしまったのである。


「白猫プロジェクト」におけるスタミナ仕様廃止とモンストのスタミナ緩和策

パズドラクローン型のスマホゲーが一般化し、市場を支配するに至ると、「黒猫」で確かな地歩を築いたコロプラは、3D表現を導入した「白猫プロジェクト」を満を持して市場に投入した。モンストとは対照的に、「白猫」ではスタミナ仕様を削除した。ガチャで収益を上げられるのであるから、プレイヤーに無用なストレスを与えるスタミナ仕様は削除すべきと判断したのかもしれない。
しかし、この判断はスタミナ仕様の必要性を逆説的に証明してしまいつつある。投下した資本と集めたユーザー数に比して、その失速(売り上げランキングを参照している)はどうしたことか。ゲーム自体が長大で、スマホゲームのプレイ時間とマッチしていないことを加味しても(いまだ磐石たるモンストも、高難度ステージのプレイ時間は長い)、「スタミナ溢れを回避したい」というプレイモチベーションが存在しないことが、大きな要因となっているに違いない。
対して、モンストのスタミナ緩和策はどうか。「1日1回限定のスタミナ消費なしステージ」と「レベルアップ時のスタミナ回復量の上限突破」である。「スタミナ溢れがもったいない」「1日1回タダなんだからやらないともったいない」というプレイヤー心理を衝く形での緩和であることに着目すべきだろう。



デッキコスト

デッキコスト仕様の源流

さて、もう一方でデッキコスト仕様である。
デッキに組み込むキャラクターにそれぞれコストを定め、デッキ全体で総コストの上限による制限をかける仕様である。
かつての格ゲーにおけるレシオシステムにその萌芽が見られるが、直接的な起源は三国志大戦であろう。
三国志大戦におけるカードコストと言う仕様は、筐体の仕様上8枚までしかカードを認識できないことを逆手に取った仕様である。
最低1コストのカードは8枚まで使用でき、強力なカードの導入には最大3のコストにより枚数の制限が付きまとう。このコスト概念がデッキ構成の思考性をもたらし、キーとなる高コストレアカードとそれをサポートする低コストカードの組み合わせという形で思考の筋道を生み出した。プレイごとにカードがランダムに排出されるという射倖性とも強烈に相性が良かった。
ブラウザ三国志が、ガチャ機能と共に三国志大戦から移入した仕様哲学は、ガチャ機能を持つタイトルに脈々と(しかし無批判に)受け継がれた。「コスト1」の意味が失われ、最大コストの必然性もなくなっていたにも関わらず、「プレイヤーレベルの上昇に意味を持たせる」というだけのために、「せっかくガチャで引き当てたレアカードがコストオーバーで組み込めない」という状況を頻発させていたのである。

モンストにおけるデッキコスト廃止の功績

別稿で指摘したとおり、スマホゲーの顧客満足性は「ガチャでレアを引き当てる」ことにほぼ依存している。
しかし、初期スマホゲーにおけるデッキコスト仕様は、いつしか「枚数とのトレードオフ」という本来の効果を失ってしまっていた。当たりカードはなるべく使えるようにしてあげたい、という動機があったのだろうが、中途半端な小手先の調整で済ませてしまい、仕様の有用性を根本的に検討する労を怠ってきたのである。
形骸化し、むしろ有害な存在ですらあったデッキコスト仕様が、無批判・思考放棄的に採用され続けてきた歴史に終止符を打ったという点でのモンストの功績は計り知れない。
モンストを見て、「あ、コストってなくても良いんだ」と気付いたデザイナーは多かろう。だが、そこを検討するのがデザイナーの責務だ。「あ、コストってなくても良いんだ」と気付かされたデザイナーは、自らの無思慮・無批判を猛省する必要があろう(自戒を込めて)。



おわりに

さて、スタミナとデッキコストという二つの仕様の効能について検討した上で、プレイヤーレベルという仕様に立ち戻ってみよう。
モンストにおいては、一定レベルを超えると、ランクアップによっておきることが「スタミナが全快する」だけになってくる。これは、デッキコスト仕様を削除した代替の仕様を導入しなかった(できなかった)故の弊害だろう。野放図にスタミナ上限を増加させ続けることは、スタミナ仕様の有効性を殺すことにもなる。
一方で、モンストは上述のスタミナ制限緩和と時を同じくして、保有キャラインベントリの上限の大幅な緩和も行なっている。
http://www.monster-strike.com/news/20161004_3.html
これは、保有数上限によるストレス、保有数不足がガチャの意欲を殺ぐことなどを勘案してのものだろう。
キャラ保有数上限は、野放図なキャラ入手によって保有キャラが管理しづらくなる(どこに何があるのかがわからなくなる、など)ことへの抑止の意味もあるため、初期段階において無料での無制限拡張には慎重だったものと思われる。デッキコストにメスを入れておきながら、キャラ保有数の仕様について検討していなかったとは考えにくい。
しかし、ここにきてキャラ保有数の上限を緩和してきたと言うことは、ここにも課金インセンティブを求めなくてよいということの証左でもある。
これからのスマホゲーは、心あるデザインであるならば、これを踏まえて「ランクアップ時のキャラ保有上限数拡大」使用を導入してくるものと思われる。

 

スタミナ仕様はプレイヤーの「もったいない心理」を上手くくすぐる形で洗練を見た「良い」仕様と言えるが、デッキコスト仕様は「枚数とのトレードオフ」という機能を失った時点で本来の意義を喪失してしまった「ダメな」仕様であると言える。

 

本来、プレイヤーにとってのストレスはその解消によって達成感をもたらすものであるが、であるが故にその取り扱いは慎重に考えるべきであろう。

「良い」としたスタミナ仕様であるが、その解法はゲームの外側(すなわち実生活時間)にある。ゲームの外側に攻略性を持たせること(課金も然り、である)を邪道とするならば、スタミナ仕様もやはり邪道ではある。

であるが故に、私自身のレガシーなゲームデザイン哲学が、「スタミナシステムはほんと糞」という(一部の)プレイヤーたちの叫びに共感してしまう部分も否定できないのである。

 





三国志大戦で昔やろうとしてた遊び

三国志大戦が大復活を遂げる!ということで。

全然最新情報を追えてないわけですが、ここで一つ小話を…。

当時、「違う遊び方はないものか」とぼんやり考えていたネタを垂れ流してみます。

 

イメージとしては、
・「知識はあるけど資産が足りない人」も楽しめる
・手持ち資産に差がありすぎて、知り合い同士で楽しめないのをどうにかしたい
・デッキを組む楽しさをゲームに落とし込んでみたい
みたいな感じです。

 

■  シールド戦


ルール

    未開封状態で、各員に7枚ずつ配布する

    →  各員開封

    各員、カードを確認を行った後、チェンジするかどうかを決められる
    ただし、チェンジ可能な回数はランクによって制限がある

    チェンジする場合は、「放出」カードを山に戻し、
    山にある未開封カードまたは誰かが開封後山に戻した開封済カードを手札に入れることができる
    (どうせ中身はわからないので、未開封山は上からじゃなくても良いです)

    山から未開封カードを取得した場合はその場で開封してよい


    【武将チェンジ】


    爵位クラス  チェンジ禁止

    1~3品    チェンジ1回まで
    4~7品    チェンジ2回まで
    8~10品  チェンジ3回まで

    指揮官クラス    チェンジ5回まで
            ただし、カードが尽きた場合はチェンジできない



    チェンジを行う順番は、各君主の武勇順とする

    チェンジ1ターンめ  爵位クラス以外の君主が1回ずつチェンジ
    チェンジ2ターンめ  4品以下の君主が1回ずつチェンジ
    チェンジ3ターンめ  8品以下の君主が1回ずつチェンジ
    チェンジ4ターンめ  指揮官クラスの君主が1回ずつチェンジ × 2
                (途中で未開封カードがなくなった場合はその時点で終了)


    【軍師チェンジ】

    手元に軍師カードがある場合は、枚数に関係なく山にある開封済カードと交換して良い
    (もちろん使ってもいい)

    武将チェンジにてわざと軍師を集めて、最後に軍師枚数分好きな武将カードを持っていく、
    みたいな事をやっても良い


    軍師は、各自自前のものを使ってOK



組み合わせ

    5人までは総当りでいいかな
        →  デッキの途中変更不可

    6人以上の場合はダブルイリミネーション。
        →  敗者復活ラウンドのコスト上限は「7.5」
            勝利時は次試合デッキ変更不可
            (敗者復活戦勝ち抜き者は、決勝を0.5コス落ちで戦わなければならないということ)

    8人以上の場合はシングルトーナメント

        機械的にシードを設定する、次のようなアルゴリズムが知られている。

           1. 最初に過去の成績などから仮の順位を決め、トーナメント表の片方の端に1位の参加者を、
            もう片方の端に2位の参加者を配置する。
           2. 3位以下を順に、トーナメント表の頂上から以下のルールに従ってたどることによって配置する。
                  * 先に配置されている参加者の数が少ない山を選ぶ。
                  * 同数の場合は、山の最下位の順位が低いほうを選ぶ。

        例えば6人の参加者をこれに従って配置すると、{1-(5-4)}-{(3-6)-2} という組み合わせが得られる。
        8人だと {(1-8)-(5-4)}-{(3-6)-(7-2)} となる。
        上位になるほど強い相手と早く当たる可能性が低く、また試合数も少なくなって多少は有利である。



運用

    主催者準備

        参加人数×10枚の未開封カードを調達
        →  大量の開封カードが発生するので、
            レア保管用のスリーブも用意しておいたほうが良い
        ゲーセン環境が良くない場合は下調べ

        外用筆記具
            ゲーセンで勝敗の記録とかしないといけないので


    参加者もちもの

        必須
            メインの君主カード

            当日持参がなくても参加は可能だが爵位クラスとして取り扱う

        強く推奨

            携帯電話
                三国志大戦.NET経由で、メインの君主カードであることを確認するため

                別に身内でやる分にはどーでもいいのだが。


        推奨

            自前軍師カード
                なくても未開封から軍師が出るかもしれないし、
                最悪、軍師くんの再起で



    事前準備

        当日はゲーセン外の場所でデッキ構成を行う
            マックとか適当な喫茶店が良いか

        組み合わせ抽選
            ゲーセン内でそういうことやるスペースないので


運営バリエーション

    参加費
        未開封カード単価×10円とか徴収してもいいけど・・・
        その場合、一人10枚カードお持ち帰り可能で。

    店内大戦の連戦
        デッキ変えれない=全試合の勝者の試合以外の対戦カードでは使用不可なので、使いづらい


    商品
        優勝者は、手持ちのカードを持って帰って良い、とか?

 

 

 

 

 

実際には、当時はそんな予算も集まってやる(それなりの人数の)友達もいなかったので、実現できなかった訳ですが。

 

 

 

GTX750Ti について、負け惜しみ

GTX1050発表のショックから微妙に立ち直れない私ですが、全く関係ない知恵袋で、PS4のグラ性能ってGeForceでいうとどのくらい?というトピックスで、「大体GTX750Tiくらい」というコンセンサスになってまして、胸をなでおろした次第であります。

何でかって言うと、クロスプラットフォームでSteam版も発売されるPS4向けタイトルも遊べる(可能性が高い)からです。

いやまぁ、PS4も持ってるので、別にいいっちゃいいんですけど、ほら、画面近くでやりたいゲームと画面から離れてやりたいゲームってあるじゃないすか。
あと、PS4のリモートプレイも悪くないんですけど、レスポンス的にドラクエビルダーズくらいが限界です。
それ以上に忙しい系のゲームのだと、どうしても反応の遅さがつらいんですよ。

そういう意味でも、PCでPS4並のゲームが遊べるというのは利点ですね、うん(と、自分に言い聞かせるの巻)。

GTX1050が出て、在庫処分の投売りが期待されるGTX750Ti。まだまだ注目っすよ!


【短信メモ】 蹴鞠ハンドブック問題 と その裏にありそうな「秘伝のタレ」問題

yoppymodel.hatenablog.com

hagexさんトコ経由で流れ着いたヨッピーさんとこの記事。

 

コメントしようかとも思ったのですが、クソ長くなった上に議論をさえぎりたくないのでチラ裏にメモ。

ごめん、短信って言う割には長文になっているんだ。

 

私の感想を短くまとめると。

「インターネットにおける広告の存在が、一般のお客に嫌われないようにしましょう」 という啓蒙テキストなハズなのに、【現実に】一般のお客のヘイトを集めるようなことをやっている「ニワカ」あるいは「素人」に対してきわめて閉鎖的な態度を取っているというのは、矛盾というか、自家撞着してませんかね、という話。

 

 

本文

 

例のハンドブックの主題は、「見る側一般の読者にとって、有益な 広告のあり方にしていきましょう。でないと、ヘイトを集めるだけで成果を上げられず、広告業界死亡しかねないぞ」という感じだと読解しました。私は。

 

その前提で以下です。

前提が違ってたとしたら、「はい、僕これから的外れなこといいます!」と言っておきます。

 

 

 

ライター業(的なもの)で食っていくからには、少なくともこのハンドブックを読解できるレベルにまではなって欲しい、と言うのは解るんですが。
私もあまりにふざけたデザインのゲームを見ると似たような気持ちになることがありますし。

でも、社会を見回してみると、無資本の個人が腕一本で労力と才能で青天井な収入を目指せるように見える(実際はそんなに甘くないにしても)数少ない業態だったりもするわけで。
「水準に達していないプレイヤーがこれからも参入し続けてくるだろうことが予測される」と言う前提で、業界やweb界隈を良くして行きましょう、という視点に立つと、啓蒙の意味でも素人にも読解できるモノはあったほうがいいかなーと。

ほぼ転載だったり、次ページへのリンクを小さくして広告で挟んだりして、「広告」という存在に対する一般のヘイトを蓄積させるようなことしてる人たちが大量にいるワケじゃないですか。今のweb界隈って。(あまり人のことは言えないですけど。)

その辺の危機感みたいなものが共有できているのであれば、業界内のマウンティングのために「能力」みたいなことを言ってないで、参入してくる素人を業界としてちゃんとルールのカタにはめる教育をしてくれ、とか思う訳ですね。業界の外側の人間からすると。
(現実的にそれが不可能なことも判りますけど、姿勢として、ね)

例えば、「ステマはいけないことだ」ということを知らない人が、「他がやってない!コレはイノベーションだ!」って思ってステマしちゃう。法律がないから潰せない(というか法律ではないから、潰すのに手間がかかる)。ってなったときに、「バカでもわかるように書いてあるからコレ読んで勉強してこい!」って言える資料があることもまた大事だと思います。
(※件のハンドブックの主題はステマではないです。ステマの件は判りやすかろう例として出しただけ。)

 

 

2つの失敗

一般読者に寄り添うような広告を作っていきましょう。ヘイト集めるな!

という危機感は共有できているとして。

 

メディアとかネット空間において、「ライター的な業を営むのであれば達していて欲しい水準」という、理想主義的「べき論」に基づいて議論してしまうと、どうしても話がかみ合わないですよね。

 

・素人がライターとしてじゃんじゃん参入してきている

・(私のような)水準の低い個人の広告の取り扱い方が、一般読者の広告に対するヘイトを高めている

 

という、現実に起きている現象と問題点を基点に、「何をするべきか」という本来の論旨に立ち返ったほうが良いと思うんですよ。

 

「この程度の文章を読解できないような人はモノを書くべきでない」って言っても、そういうレベルの人たちが実際にモノを書く時代になっちゃっているんだから、理想に即してない現実を嘆いていてもしょうがなくないですか。

 

(部分的にせよ)例のハンドブックの目的が、「一般読者のヘイトを貯めないような、共生的な広告にしていきましょう」という点にあったとするならば、「読解できない」という苦情はそもそも目的に対する、手段の(部分的にせよ)失敗であったと、素直に認めるのが本筋なんじゃないですかね。

少なくとも、「ライター免許制」みたいな無理筋な議論よりは、実効性は小さくとも、現実的な手段としての「啓蒙」な訳ですから。

 

これを踏まえると、この蹴鞠ハンドブックにおいて、蹴鞠おじさんたちは二重の意味で失敗しちゃってる、ということになります。

 

① 啓蒙のためのハンドブックが、業界玄人にしか読めない難しさである

(個人的には、官公庁のpdfに比べてなんと読みやすいことか、とは感じましたが)

② 素人にも理解してもらったほうが良いような内容なのにも関わらず、素人には読めないレベルじゃないですか(実際はそういう指摘ではないけれど)という指摘に対して、「素人に向けて書いてない」という態度を取ってしまった点

 

これによって、良くない現実を放置することになりかねないばかりか、業界の閉鎖性をも印象付けることになってしまい、ますます「広告」という存在へのヘイトを高める要因にすらなってしまう、ということになりはしないでしょうか。

 

 

……と、おもいました (KONAMI感)

 

 

 

ここまで書いといて、ふとした邪推が脳裏をよぎった

ひょっとして、蹴鞠おじさんたちは、

「われわれギョーカイ人は、一般のヘイトを集めないような良質な広告で成果を出し、収益を上げていきましょう」

「一般のヘイトを集めるような下手な広告の使い方しかできない、アフィカスみたいな連中は、成果を上げられずに滅びれてしまえば良いのである」

とか思ってるんでしょうかね。

 

そう思うと、一連の言動が腑に落ちてきますよ。

……なんだか、そんな気がしてきました。

 

産業としての伸びが鈍り、あせって来ると、業界的な「秘伝のタレ」は秘密にしときたい、的な。

 

スマホゲー界隈の「こうやってゲーム作ると良いんだぜー」(ドヤァ)的な記事が、ここのところ激減している現状にも通じるものがある。

 

私個人としては、「新しい」「面白い」ゲームがやりたい、という動機なので、逆にいまこそ秘伝のタレを暴いていくようなことをしていったほうが良いのかしらん、とか思った次第。

(でも、結構しんどいんですよね。ちゃんとした記事書くの。)

 

 

そして、私個人の広告業界へのヘイト値が、一気に有頂天を衝く感じ。

 

 

 

おまけ(ラブレター)

 

ヨッピーさんのネタ系記事って、クオリティ高いんですけど、私にはどうにも「センスが合わない」んですよね。

でも、PCデポの件も含めて、まじめなテキストの中に息づいている羞恥心というか「芸人の私が言うのもナンなんですが」的な息遣いって、すごく好きです。

ヨッピーさんのまじめテキスト、たまにで良いので期待してます!